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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)3378号 判決

東京都港区芝三田綱町四番地

原告

内 海 勝 二

右訴訟代理人弁護士

黒 木   盈

東京都世田谷区世田谷四六一番地

被告

学校法人東京農業大学

右代表者理事長

千 葉 三 郎

右訴訟代理人弁護士

加 藤 隆 久

秋 山 昭 久

右当事者間の土地明渡請求事件について、次のように判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(双方の申立)

原告は、「被告は原告に対し、別紙目録記載の土地を明け渡し且つ、昭和三三年二月一日より右明渡ずみまで一ケ年金七、五〇〇円の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。

(原告の主張)

一、原告は、被告に対し、昭和一一年六月二〇日、その所有する別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という)を、賃料一ケ年金二三九円七〇銭(現在は一ケ年金七、五〇〇円)、毎年二回(一月及び七月の各末日)払いとして、普通野菜栽培の目的で期間の定めなく賃貸したが、同契約には、原告は被告に対し、解除をなさんとする年の一月または七月に六ケ月以上の予告期間をおいて解除の意思表示をなし得るとの解除権留保の特約が附されていた。

二、そこで、原告は右特約に基いて被告に対し、昭和三二年七月三〇日右賃貸借契約を解除する旨の書面を発し、同書面は翌三一日被告方に到達した。

三、したがつて、同契約は、それより六ケ月を経過した昭和三三年一月三一日の経過とともに解除されたから、被告に対し、本件土地の明渡と右解除の日の翌日である昭和三三年二月一日より右明渡すみまで賃料相当額たる一ケ年金七、五〇〇円の割合による遅延損害金の支払を求める。

四、被告は、本件土地は現況農地であるところ右の解除は農地法所定の知事の許可を得ていないから無効であると抗争するが、その然らざることは次のとおりである。

(一)  本件土地の賃貸借契約の解除には知事の許可を要しない。

1、本件土地が、地目は雑地であつても、その現況は広義の農地であることは原告も争わない。しかし、本件土地は、昭和二三年において自作農創設特別措置法(以下「自創法」という)五条三号により、次いで昭和二八年において農地法七条一項二号により、「試験研究又は農事指導の目的に供するものとして」東京都知事の指定を受けた特殊の土地である。しからば、このような土地は、自創法及び農地法の各一条(目的規定)、二条の一項(定義規定)の法意に照らし、自創法及び農地法の目的を実現するのに直接かかわりのない土地として、同法等にいわゆる「農地」に該当せず、したがつてまた右農地法七条一項二号には「小作地」とあるもそれは同法にいう「小作地」の意味に解することはできず、結局以上の点からみて本件土地の賃貸借契約の解除には農地法二〇条の適用はないというべきである(そして、以上のように解することは、憲法二九条の私有財産権尊重の精神にもかなうゆえんである。)

2、本件土地は、また、自創法五条四号に基く都市計画法一二条一項による土地区画整理施行地区内の土地であつて、近く宅地化されることが予想される土地である。しからば、このような土地についても前同様の理由により、農地法二〇条の適用はないというべきである。

(二)  仮に右(一)が理由がないとしても、本件賃貸借契約には上記の如き特約の附されていることを承知しながら、東京都知事は前記の如く自創法五条三号及び農地法七条一項二号の指定を与えているのであるから、これは正しく知事があらかじめ右特約による解除について事前の許可を与えたものというべく、したがつて本件解除の意思表示には知事の許可があつたものとみるのが相当であるから、右解除は有効である。

(被告の主張)

一、原告主張一及び二の事実は認める。

二、同三及び四は争う。

本件土地は、地目は雑地でも、現況は農地であるから、その賃貸借契約の解除には知事の許可を要する。しかるに、本件解除は知事の許可を受けていないから、右解除は無効である。

(一)  本件土地については知事の許可は不要であるとの原告の主張は誤つている。

1、本件土地について、原告主張のような都知事の指定のあつたことは認める。しかし、このような土地も、農業生産力の増進に寄与する農地であつて、そこには農地法の規制及び保護が働くべきものである。

2、また、本件土地が土地区画整理施行地区内の土地であることも争わないが、しかし、だからといつて本件土地がすでに宅地化されてきたわけでなく、右土地は現在依然として農業生産力の増進に寄与している農地である。

(二)  本件土地については知事の許可はすでにあつたというべきだという原告の主張は失当である。

(立証省略)

理由

一、原告主張一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、そこで、原告の解除の意思表示の効力につき考えるに、本件土地が、その公簿上の地目にもかかわらず、その現況が広義の農地であることは当事者間に争がないが、その賃貸借契約の解除につき知事の許可を要するか否かにつきまず争があるので、この点から判断を進める。

第一に、本件土地が、自創法五条三号及び農地法七条一項二号により「試験研究又は農事指導の目的に供するもの」として東京都知事の指定を受けた土地であることは、当事者間に争がない。原告はこのような土地は農地法にいう「農地」にあたらず、したがつてまた同法にいう「小作地」になることもないというのであるが、右自創法及び農地法の規定は右規定自体に明らかなように、かかる土地は農地買収から除外して国がこれを買収せず、所有者は引き続きこれを所有し得るということを定めたものに過ぎず、これらの規定によつてこれらの土地が農地法全体の適用を免れるものとすることはできずまた同法第二〇条の適用の有無とは直接に関係がないのである。本件土地の賃貸借の解除につき農地法第二〇条に定める知事の許可を要するか否は、もつぱら農地法全体の目的にてらし、その法意に従つて決しなければならない。

この観点から本件土地の状況をみるに、右の指定のあつた事実及び本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば、それはいわゆる専業農家等耕作をもつて生計をたてている者がその事業に供している土地ではないが、しかし単なる個人の家庭菜園や一般小学校等の理科教育用農園の如きものとはことなり、農学に関する理論及び応用を研究教授しかねて農学研究者を養成するための専門的機関である被告大学が直接右の目的に供している土地であることが明らかであり、かような土地についてその利用関係を調整確保することはひつきよう農地法一条にいう「農業生産力の増進」に寄与するゆえんであると解せられる。すなわち本件土地は少くとも農地法第二〇条に関してはそこにいう農地としてその賃貸借の解約等には同条によつて知事の許可を要するものというべきである。

三、第二に、本件土地区画整理施行地区内の土地であることも、当事者間に争がない、しかし、そのことは、同土地が直ちに宅地化し、ないしは、現在これを宅地と同一視すべきだということにはならない。同土地は現在未だに上記二のような研究指導地として農業生産力の増進に寄与しているのである。しからば、前同様の理由により、本件土地は農地法第二〇条の適用についてはなお農地であり、同条の制限に服することは明らかである。

四、そこで、次に右二〇条による知事の許可の有無をみるに、原告は、本件の場合上記自創法五条三号及び農地法七条一項二号による知事の指定のあつたことが右許可にあたるという。しかし右の指定は、単に本件土地について右のような指定を行つただけであつて、その効果はもつぱら本件土地は小作地としての買収から除外し、所有者が依然これを所有し得るというに止まることは前記のとおりであつて、それ以上に本件特約による将来の賃貸借解除について事前の許可を与えたとみるべき根拠はなんら存しない。原告の本主張も理由がない。

五、しからば、原告の被告に対する本件解除の意思表示は、それに必要な東京都知事の許可を欠くものとしてその効力を生ずるに由なく、したがつて、右の解除によつて被告が本件土地の返還義務を負うこともないから、原告の請求は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用は敗訴した原告の負担として主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二部

裁判長 裁判官 浅 沼   武

裁判官 菅 野 啓 蔵

裁判官小谷卓男は転任につき署名押印することができない。

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